東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2766号 判決 1963年3月13日
埼玉県川越市小室町五八八番地
控訴人
長谷川サダ
右訴訟代理人弁護士
中条政好
右訴訟復代理人弁護士
小川栄吉
上野忠義
埼玉県川越市宮下町五四一番地
被控訴人
川越税務署長
田中大三
右指定代理人
加藤宏
多賀谷恒八
出口保
丸山隆
右当事者間の昭和三四年(ネ)第二、七六六号所得税更正決定取消請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対してなした昭和三〇年度分、総所得金額を金三一九、五〇〇円、所得税額を金二六、五〇〇円、過少申告加算税額を金一、三〇〇円とする更正処分を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否、援用は、次のとおりつけ加えた外、原判決事実欄に記載するところと同一であるから、これをここに引用する。
(控訴人の主張事実)
(一) 水稲、被控訴人主張並に認定は作付面積において一反七畝一一歩、所得金額にして金二〇、七一一円多い。
(二) 桑畑、作付面積は争わない。しかし、控訴人の養蚕関係総収入は金一〇四、二三八円(甲第二六号証参照)に過ぎない。被控訴主張の標準率により収入金額を計算すると、反当収入金三七、八八一円であるから総収入は金一九二、八一四円となり、これは控訴人の実収高より金八八、五七六円超過する。
(三) 茶畑、出荷収入共にない。被控訴人主張の金三、八八一円を否認する。
(四) 養鶏、出荷も消費もない。被控訴人主張の金八、〇一八円を否認する。
(証拠関係)
控訴代理人は甲第二六ないし第二八号証を提出し、当審における証川合貞蔵、同橋本栄一、同栗原茂助の各証言および控訴人の本人尋問の結果を援用し、乙第一九号証の成立を認めた。被控訴指定代理人は乙第一九号証を提出し、甲第二六ないし二八号証の成立を認めた。
理由
一、控訴人が川越市小室町五八八番地において農業を営んでいること、控訴人が昭和三一年三月一五日被控訴人に対し昭和三〇年度分所得の確定申告として総所得金額を金一二三、九三〇円(内訳、農業所得金一二〇、九七五円、不動産所得二、九五五円)、所得税額零と申告したところ、被控訴人が昭和三一年六月一〇日右総所得金額を金三一九、五〇〇円を更めこれに伴い昭和三〇年度分の所得税額を金二六、五〇〇円、過少申告加算税額を金一、三〇〇円とする更正処分をし、同日これを控訴人に通知したこと、そこで、控訴人は同月二八日被控訴人に対し再調査の請求をしたが、被控訴人はこの請求を棄却し、昭和三一年八月一八日この旨を控訴人に通知したこと、控訴人はこれに不服で更に同年九月一〇日関東信越国税局長に対し審査の請求をなしたところ、同局長もこの請求を棄却し、昭和三二年七月三日この旨を控訴人に通知したことは当事者間に争がない。
二、よつて、被控訴人のなした更正処分が適法か否かにつき判断する。
被控訴人が昭和三〇年度の控訴人の総所得金額を推計々算の方法によつて、算出したことは控訴人も認めて争わないところであつて、控訴人は右のような推計々算の方法によつて所得金額を算定したのは違法であると主張する。政府は納税者の所得の実額を調査して、課税額を決定すべきである。しかし、所得の実額の調査は、納税者の収入および支出を明かにし得る営業上の帳簿その他の書類の整備、調査に対する誠実な説明、応答があつてはじめて可能である。従つて、それらの帳簿等が備わらず、誠実な説明応答が得られない場合に、所得標準率を適用して、その所得額を推計することは、その推計方式が合理的である限り適法である。
(一) 被控訴人は控訴人は係争年度において、その所得を明かにする帳簿等が備えてなく、従つてその提出もなかつたと主張し控訴人はこれを争つている。
この点に関する当裁判所の判断は原判決理由中該当部分(原判決九枚裏三行目から一〇枚目表五行目まで)と同じであるからこれをこゝに引用する。そうすると控訴人が係争年度の所得を明かにする帳簿として提出する甲第七号証、(農業日誌)、同第八号証(自家消費日記帳)はいずれも、前記米倉湜、佐竹一三が再調査又は審査の請求に対し、調査のため控訴人方を訪れた当時作成されていたものであると認めることはできない。さらにこの証拠をもつて、又、控訴人が係争年度の収支を明かにする資料として、提出する甲第九号証の一、二(預金通帳)甲第一〇号証ないし二四号証(領収証)のみをもつてしては、その実額所得を明確にする資料として十分であるとすることはできない。
従つて、被控訴人が推計々算方法により、控訴人の係争年度の所得を更めたのは相当であつて、控訴人のこの点の非難は当らない。
(二) 成立に争のない、乙第三号証、同第四号証、同第六号証によれば、昭和三〇年度の川越市の農業所得の標準は別紙第二のとおりで、一反当り、水稲一七、六八四円、裏作四、〇四七円、普通畑一八、〇四〇円、桑畑二一、一八六円、茶畑一四、三七五円であり、養鶏一〇羽当り四、〇〇九円であることが認められ、これはまた、控訴人の所得推計に適用された農業所得標準である。
(三) そこで右各所得標準率の合理性について考える。
成立に争のない乙第一号証、同第七号証、同第一二号証、同第一四、一五号証、同第一九号証および、原審証人佐竹一三、同藤本作太郎、同高橋作治、同青木菊次の各証言を総合すると、
農業所得標準率は各税務署長が関東信越国税局の指導の下に地域別に定めるものであり、(従つて前記標準率は川越税務長が作成した)、当該地域についてどの位の収穫があり、それについてどの位の経費を要したかを地域内の農家について実態調査(基準実額調査、収穫高調査等)をなし、さらに、農林省下の関係庁、市町村役場から各種統計資料を蒐集し、これを参酌して定め、なお、その決定に当つてはその地方の農業協同組合、共済組合、市町村の代表者の意見を参酌して定めるものであること、昭和三〇年度については豊作第一年目であり気象条件もよく、病虫害もなかつたので田面沢農業協同組合(川越市小室町所在)の組合長栗原茂(ただし当年度は専務理事であつた)も右標準率を妥当なものであるとなしておること、当該年度において標準率を適用した農家で異議申立をなしたものは極めて僅かであつたことが認められる。
以上の認定事実からすれば前記標準率は特にその適用を不当とするに足りる特別の事情のない限り、農業所得を推計するため合理的なものであると解するのが相当である。
(四) 控訴人は係争年度においては、労働力が不足したこと、農業に不馴れであつたこと、ならびに控訴人の耕作田が砂利田であるうえ水利の便が悪るいことを理由に、普通農家並の収穫があげられなかつたから、普通農家並に農業所得標準率を適用するのは不当であると主張する。
この点についての当裁判所の判断は原判決理由中該当部分(原判決一三枚表六行目から同裏七行目まで)と同一であるからこれを引用する。
第三、控訴人が係争年度において、耕作していた田畑については、別表(一)中水稲につき、大字小室小字明の前二七二番の二、同二二三番、(二)裏作につき、大字小室小字明の前二七二番の二、同二八一番、同二八〇番、大字小室小字宮ノ腰三〇六番、(三)普通畑につき大字小室小字石塚五八八番、(四)茶畑を除き別表(一)のとおり控訴人において耕作していることは当事者間に争がない。
(一) 水稲、右大字小室小字明ノ前二七二番の二、同二二三番を控訴人が耕作していることは当事者間に争いがないが、その地積は被控訴人はそれぞれ一反一畝七歩、二五歩であると主張するに対し、控訴人は一反二八歩、一五歩であると争うけれども、成立に争いのない乙第二号証、同第五号証、原審証人藤本作太郎の証言によれば控訴人の耕作面積は別表(一)の被控訴人主張の地積のとおりであることが認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 裏作、大字小室小字明ノ前二七二番の二については水稲につき(一)について認定したとおりである。大字小室明ノ前二八一番、二八〇番、大字小室小字宮の腰三〇六番については地積については当事者間に争いがないが、控訴人は係争年度においてはこれらを作付しなかつたと争うけれども、成立に争のない乙第五号証、同第九号証、同第一〇号証および原審証人藤本作太郎の証言によれば、被控訴人主張のとおり前二筆については全部、最後の一筆についてはその半分に裏作の作付をしたことを認めることができる。
(三) 普通畑、被控訴人は控訴人が大字小室小字石塚五八八番の宅地内に三畝一一歩を普通畑として耕作したと主張し、控訴人はこれを争うが、成立に争のない乙第五号証、乙第一〇号証および原審証人藤本作太郎の証言によれば、控訴人は右土地を係争年度において普通畑として耕作していることが認められる。
(四) 茶畑、被控訴人は、控訴人は大字小室小字石塚五八八番の宅地内に二畝二一歩の茶畑があり、係争年度においてもこれを耕作したと主張し、控訴人はこれを争うが、成立に争いのない乙第五号証、同第一〇号証、同第一二、一三号証、同第一七号証および原審証人藤本作太郎の証言によれば被控訴人主張のとおり控訴人においてこれを耕作し収穫していることを認めることができる。成立に争いのない甲第二八号証によれば昭和三〇年四月六日に降霜のあつたことは認められるが、前掲の各証拠および成立に争いのない乙第一九号証、当審証人橋本栄一の証言に照らすと、これによつて特に収穫に影響したと認めることはできない。これに反する原審証人長谷川好次の証言、原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果はいずれも措信しない。
(五) 養鶏、被控訴人は控訴人が係争年度においても成鶏雌を少くとも二〇羽飼養していたと主張し、控訴人はこれを争うが、成立に争のない乙第五号証、同第一二号証、同第一三号証および原審証人藤本作太郎の証言によると控訴人は係争年度において少くとも二〇羽の成鶏雌を飼育していたことを認めることができる。これに反する原審証人長谷川好次の証言原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果はいずれも措信しない。当審証人川合貞蔵の証言も右認定を左右するに足りない。
他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。とすれば、被控訴人主張のとおり、控訴人は係争年度において、水稲一町一畝二歩、裏作五反七畝七歩、普通畑四反二畝二二歩、桑畑五反二九歩、茶畑二畝二一歩を耕作し、副業として養鶏二〇羽を飼育していたものである。
第四、よつて控訴人の所得額についての計算干係について検討する。
(一) まず、控訴人に俵代の附随収入一、五二〇円及び小作料の不動産所得二、九五五円があつたことは当事者間に争がない。
(二) 控訴人の耕作反別が前記認定のとおりであるから、これに前に認定した農業所得標準率を適用すると、
(イ)水稲は一七八、六〇八円、(ロ)裏作は二三、〇六七円、(ハ)普通畑は七七、〇三〇円、(ニ)桑畑は一〇七、八三六円、(ホ)茶畑は三、八八一円の所得となる。
甲第七号証ないし第二四号証をもつて、右推計をくつがえして控訴人の所得実額を明かにし得ないことは前記のとおりである。従つてこれに、前記附随収入を加え、被控訴人が自認する特別経費として失費一六、二〇〇円および共済掛金三、八〇七円(このほか必要経費については控訴人に主張立証がない)を控除する。すると控訴人の差引所得が三七一、九三五円となることは計算上明かである。
(三) 控訴人は桑畑の収入について、控訴人の養蚕関係収入は総収入において、一〇四、二三八円(甲第二六号証参照)に過ぎず、従つて桑畑についての前記推計々算による所得金額は真実の所得金額と異なると主張する。
成立に争いのない甲第二六号証と当審における証人栗原茂助の証言および控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は昭和三〇年度において、田面沢農業協同組合を通じて、養蚕農協連合会に対して、春繭三七貫六二〇匁を代金六二、九四四円、初秋繭一二貫二六〇匁を代金一八、一一〇円、晩秋繭一六貫三五〇匁を代金二三、一八四円で売り、代金計一〇四、二三八円を得ていることが認められる。しかし、これが控訴人の係争年度における養蚕関係における総収入であるとの前記控訴人本人尋問の結果は、その余の供述部分、成立に争いのない乙第九号証、同第一九号証および本件口頭弁論の全趣旨に照らしてにはかに措信することができない。従つて、右の事実によつて推計々算方式によつて算出した前記認定の所得額をくつがえすことはできない。
第五、前記認定の総所得金額より、概算所得控除額七、五〇〇円、社会保険料控除額二、六五五円、四人分の扶養控除額一〇五、〇〇〇円、および基礎控除額七五、〇〇〇円を控除すると課税総金額は一九二、七〇〇円(一〇〇円未満切捨)となり、これに対する所得税額は四五、八五〇円となることは計算上明かである。
従つて、総所得金額を三一九、五〇〇円とし、所得税額を二六、五〇〇円とする本件更正処分はいずれも前記認定額の範囲内でなされたものである。
又、控訴人が被控訴人に対し、係争年度の所得税額は零である旨の確定申告をなしたこと、これに対し被控訴人が本件更正処分において、同時に過少申告税額を一、三〇〇円としたことは当事者間に争がない。所得税法第五六条第一項によれば、更正処分にさいして、修正により増加した所得税額に百分の五の割合により計算した金額に相当する過少申告加算税額を徴収すべき旨定められており、被控訴人が右規定にもとずいて過少申告税額を一、三〇〇円と定めたものであると認められる。この金額も、控訴人の前記認定の所得額に課すべき所得税額に対する過少申告加算税額の範囲内である。
従つて、右限度内において被控訴人のなした本件更正処分により、なんら控訴人の利益を害せられるものではないから、控訴人の本件更正処分の取消を求める請求は理由がないと解すべきである。
よつて控訴人の本訴請求を理由なしとして棄却した原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 牧野威夫 判事 浅賀栄 判事補 渡辺卓哉)
別表(一)被控訴人主張の原告の種類別耕作反別の内訳並びにそれに対する控訴人の答弁
(場所はいずれも川越市)
一、水稲
<省略>
二、裏作
<省略>
三、普通畑
<省略>
四、桑畑
<省略>
五、茶畑
<省略>
農業所得標準率
<省略>